実際に心臓血管外科領域ではどのようなインフォームド・コンセントがなされるべきか私見を述べてみました

2. 各論

■手術一般

>実際に手術は誰が行うか明確に述べられているか?

 トレーニング過程の外科医が術者となることもあり得ます。その場合も、術者自身と責任ある指導外科医がインフォームド・コンセントを行うのが原則と考えます。仮に患者さんが思っていた術者と異なっていたら、患者さんにはそれを断る権利があるでしょう。

 ところで、「術者」といっても例えば冠動脈バイパス手術をはじめとした多くの心臓血管の手術では、胸を開けてから、バイパス血管の準備、人工心肺の準備、血管吻合、胸を閉じる、といった複数の段階から成り立っており、通常2〜4人の外科医が関与しています。全部1人が主役で行えば、当然その人が術者になりますが、ところどころ主役が交代することもあります。冠動脈バイパス手術の場合、一般的には術者とは「冠動脈とグラフトの吻合」を行う人と定義しています。


>外科医が自分の能力の指標となるものを示しているか?

 単純に自分が行った症例数、その成績など。ただ、数多くの手術件数で成績が良い外科医も、必ずその過程において経験が浅い時期があります。熟練した外科医が良いのはあたりまえですが、例えば自分で責任ある術者となって2〜3年経過した頃で、症例もようやく100例を越えたぐらいの外科医が、ある意味より慎重で親身になってくれるかもしれません。

 また、患者さんがわかる外科医の能力の指標として、同じ病院の循環器内科医から信頼されているか否かということも参考になります。別の病院から紹介された場合はわかりませんが、同じ病院の循環器内科医が誉めるようであれば(例外もありますが)ひとまず信頼してよいかと思います。



■冠動脈バイパス手術の場合

 この場合、治療の選択に関しては、循環器内科医により既にインフォームド・コンセントがなされ冠動脈バイパス手術を行う、という前提に立っています。外科医はさらに詳しい情報を提示し、患者さんに再確認を行う必要があります。


>人工心肺の使用の有無とその理由が述べられているか?

 「off-pump CABG」の項を参考にして下さい。「人工心肺を使用しないバイパス手術=オフポンプ」のメリット、デメリットを議論するときに、最大のバイアスとなるのは外科医の腕だと考えます。つまり、人工心肺を使用しなければ、それにまつわる合併症の心配は排除されることから当然「良い」ことにきまってますが、一方で手技は難しくなります。またどんなに腕がよい外科医が行っても危険なオフポンプ手術も存在します。

 よって一般論でその是非を語るのには無理があり、患者側の選択は困難です。乱暴な言い方ですが、腕が良い外科医であればオフポンプであろうがなかろうが同じで、腕が並以下の外科医がオフポンプを行うときは要注意というところでしょうか。ただ、人工心肺を行うことにリスクをともなうある種の患者群がいることは確かで、その場合は上手い外科医のオフポンプが選択されるべきでしょう。


>手術後の死亡と脳障害についてきちんと説明しているか?

 日本胸部外科学会による2003年度の統計では、冠動脈バイパス手術の病院死亡率(手術後入院期間中に死亡した割合)は緊急手術を除くと(つまり予定手術では)オンポンプで1.7%、オフポンプで1.4%でした。緊急手術に限ると9.9%と高率なため別々に捉えた方がよいでしょう。これらの数値はあらかじめ説明されるべきです。

 心臓外科医が最も嫌がる合併症が脳障害です。可能性は低いのですが、もし起こったら患者、家族とも非常に悲しい思いをします。要因と病態が複雑なため、死亡率のような正確な統計データを出すのは困難ですが、死亡を含めて何らかの障害を残すような脳合併症は冠動脈バイパス手術の場合で0.5%〜2%程度でしょうか(始めへ)。



■弁膜症の手術の場合


>弁置換を行うか、弁形成術を行うか?

 自己の弁を残して、その機能が修復されるのならそれに越したことはありません。ただ、その対象となるのは僧帽弁閉鎖不全症と、一部の大動脈弁の疾患に限られます。僧帽弁閉鎖不全症と診断されたのなら、弁形成術の話は出るべきだと思います。ただし狭窄症を合併していたら困難でしょう。


>機械弁にするのか生体弁にするのか?

 機械弁生体弁のそれぞれの利点、不利な点がそれぞれ偏り無く説明されるべきです。特にワーファリン内服の必要性から副作用、通院義務、食生活などは詳細に知らされなければなりません。若年女性であれば、妊娠出産への影響は極めて重大な問題です。外科医は医学的な判断でどちらが適しているかを提示しますが、患者さんにも選択の余地が充分にあります。この状況は、患者さんと話し合いながら最良の道を選択をしていく、まさにインフォームド・コンセントの典型例です(始めへ)。




■大血管の手術の場合

緊急でない、大動脈瘤の手術の場合です。


>手術の意義が明確に説明されているか?

 大動脈瘤の手術の目的は、破裂の予防です。よって多くは何も症状のない患者さんに手術を行うことになります。しかもかなり侵襲が大きな手術です。他の手術、例えば冠動脈バイパス術などに比べたら死亡率は高くなります。このことに関して外科医と患者さんがどう折り合いを付けていくか、がインフォームド・コンセントの要になります。

 外科医は起こりうる合併症の説明を嫌でもしなければなりません。しかし手術をする前から、「この患者さんは10%の確率で亡くなるな」などと考える外科医はいません。

 余談ですがプロレスラーのアントニオ猪木の語録にこんなのがあります。試合直前にテレビのインタビュアーが「猪木さん、もしこの試合負けたらどうしますか?」と尋ねました。猪木は「勝負が始まる前から負けることを考える奴がいるか」と怒鳴ってインタビュアーを殴り飛ばしました。

 どんなに世の中の死亡率が高い値でも、外科医は100%成功するつもりで手術を行うものです。この100%には、あらゆる不慮のアクシデントへの対処方法も当然含まれるでしょう(始めへ)。




■緊急手術の場合

 すべての分野の緊急手術が含まれます

>緊急といえども原則は変わらない

 例え緊急であっても、患者さんに意思決定能力があればそれを第一に尊重します。それがなければ最も重要な家族の判断を尊重します。それも出来なければ、医師まず倫理的観点から判断を下し、次に法的妥当性があるかどうかを吟味すべきでしょう。また、場合によっては医師一人だけでなく同僚や上司など複数の人間との合議も検討されるべきです。

 外科医にとっては緊急手術が日常茶飯事なことでも、患者側にとっては人生にとっての一大事だというギャップの解消がインフォームド・コンセントの要になります。

 また、手術前に患者や家族とのコミュニケーションが形成しづらい、そして信頼関係を築く時間に欠ける緊急手術ほど、医療訴訟の対象になりやすい傾向にあります。